「エレキブーム」を生んだTHE VENTURES、なぜ日本で最も愛された米バンドになったのか

米ワシントン州タコマ出身のインストゥルメンタル・ロック4人組THE VENTURESは、1960年、ジャズのインスト曲をカバーした〈Walk Don't Run〉でレコーディング・キャリアを本格的にスタートさせた。この曲はその後65年にわたり演奏され続け、サーフロックを代表する歌詞なしの名曲として、数多くの映画やドラマで使用されてきた。
タコマから日本へ――言葉を超えたつながり
1960年代のTHE VENTURESは、米本国では〈Walk Don't Run〉と1968年のテレビドラマ主題歌〈Hawaii Five-O〉の2曲しかトップ10入りしていない。しかしアルバムはほぼ毎作Billboardトップ50入りを果たし、年に3枚ペースでリリースを続けた。テーマも自由奔放で、1961年発表の『The Colorful Ventures』(全曲タイトルが色の名前)から、1964年の『The Ventures in Space』(SFテーマ)まで多彩だった。
1962年、バンドはBobby Veeとともに来日ツアーを行ったが、予算の制約から実際にステージに立ったのはギタリストのBob BogleとリズムギターのDon Wilsonの2人だけだった。編成は縮小されていたものの、歌詞のないインストゥルメンタル演奏は言葉の壁を自然と取り払い、日本のファンの間で瞬く間にブームを巻き起こした。
この現象は日本で「エレキブーム」と呼ばれるようになった。THE VENTURESは一夜にして「日出づる国」で最も売れたアメリカのギターバンドとなり、その人気は本国での知名度をも上回った。Far Out Magazineの報道によれば、ベーシストで後にリードギターも務めたNokie Edwardsは1996年のインタビューで、THE VENTURESの演奏スタイルは完全に直感によるものだったと語っている。「ギター2本、ベース1本、ドラム1組。ただそれだけで演奏していた。おそらく最も多くコピーされたバンドの一つだろう」。
サーフロックの中での位置づけと歴史的文脈
THE VENTURES自身はサーフカルチャーに実際に触れた経験がなかったにもかかわらず、当時The Beach BoysやThe Chantaysらが牽引していたカリフォルニアのビーチ文化の波に乗る形で、「サーフバンド」というレッテルを貼られることになった。Bogleは1998年のインタビューで、ロサンゼルスに来るまで「サーフミュージック」という言葉自体を聞いたことがなかったと明かしている。
サーフロック史においては、Dick Daleが1961年に発表した〈Let's Go Trippin'〉が正式な起点とされることが多い。しかしTHE VENTURESの〈Walk Don't Run〉は、英国のバンドThe Shadowsによる〈Apache〉と同じく1960年夏に大きな成功を収めており、時系列で見ればDaleのブレイクよりも先んじていたことになる。