無手機演唱会の裏側:Phoebe Bridgersのツアーが業界の指標に

音楽業界メディアIQは2026年9月28日、Hanna Ellington記者による特集記事を掲載した。無手機演唱会(スマートフォン使用禁止のライブ)の運用を担う会場、機材サプライヤー、主催者に取材し、そのポリシーがアリーナ規模に拡大した際の物流と文化的影響を掘り下げた内容だ。記事を貫く指標的な事例として挙げられているのが、Phoebe Bridgersが今年発表したツアー「The Lost Tour」である。これまで彼女が行ってきた小規模な無手機ライブの延長線上にあり、オフラインの体験を2万人規模のアリーナに持ち込む試みとして注目されている。Jack White、Eddie Vedder、Bob Dylanらも同様の取り組みを先行して行ってきた。
収納袋・受付票・入退場の運用
無手機演唱会の多くは磁石式ロック機能付きの収納ポーチを使用する。業界最大手のサプライヤーはYondrだ。観客はチケットチェック後に自分のスマートフォンをポーチに入れ、スタッフが専用のマグネットでロックする。ニューヨークのBarclays Center(収容人数19,000人)では、観客はポーチと引き換えに座席情報が印刷された紙の受付票を受け取る、いわば昔ながらの紙チケットに近い運用がされているという。
同会場を運営するBrooklyn Sports & EntertainmentのEVP兼チーフ・エンターテインメント・オフィサー、Laurie Jacobyは「ファンの体験全体を見据えた周到な計画が必要」と語る。事前には来場者への案内が必要で、モバイル決済やキャッシュレス化が進む現在、支払い方法の説明は特に大きな課題だという。当日はスタッフ研修、ポーチの配布、入退場の動線設計、解錠場所の設定、緊急時対応やアクセシビリティ対応まで含み、来場者数や会場の構造、出入口の数によって運用は変わる。
終演後は通常通り退場し、各出口にスタッフが配置されて解錠を手伝い、観客はスマートフォンを受け取った後、空になったポーチを回収ボックスに入れる。取材に応じた関係者の多くが「時間効率」を最大の課題として挙げ、Jacobyはアリーナ規模での運用は最初から最後まで「高度に連携されたプロセス」が必要だと述べている。
緊急時対応とアクセシビリティ
近年ライブ音楽市場に進出した英国の収納ポーチ業者Phone Lockerは、自社のシステムはあくまで象徴的なものであり強制力を持たせていないと強調する。プロジェクトマネージャーのScott Sheppardは、目的は使用を思いとどまらせることにあり、「警備員がずっと目を光らせている必要がなくなる」と話す。厳重な金庫のような防御ではないという。同社はマジックテープ式の開口部を備え、通信を遮断しないアクセシビリティ対応版も提供し、医療上の理由による免除の仕組みも設けている。
デンマークの主催者smash!bang!pow!のXenia Grigatは、現場には解錠を手伝うスタッフが必ず配置されていると説明。Yondrが積み重ねてきた経験こそが、Bridgersの12月コペンハーゲン公演(Royal Arena)で無手機演唱会を実現する前提条件だったと語った。主催者側は支払いに関する不安についてチケット購入者と継続的にコミュニケーションを取っているという。
希少性、実物のグッズ、そしてZ世代
アーティストの立場は分かれている。Billie Eilishは若い頃にライブを見る際「一分一秒撮影していた」と明かし、撮影は文化の重要な一部だと考えているという。一方Madonnaは『Confessions II – The Film』のプレミア後のQ&Aで、観客にスマートフォンを置いて本当につながってほしいと呼びかけた。
Phone Lockerのセールス責任者Toni Doyleは、ストリーミングによって音楽はすでに手軽に手に入るようになった以上、「生でライブを見る」体験は同じように手軽であるべきではないと主張する。それはアーティストが生み出したものを守ることにつながるという考えだ。Jacobyも、記録や即時共有への圧力がなくなることで、会場内により強い一体感が生まれると考えている。その場にいた人だけが何が起きたかを知っているという希少性が、口コミの広がりにもつながっているという。
Luminateのデータによれば、Z世代は現在最もライブ消費額が高い世代であり、価格への感度が下がりつつある一方で、グッズやチケットの半券、実物の写真といった記念品の重要性が増しているという。Barclays Centerは会場外にフォトスポットを設け、館内にはインスタントカメラ風の撮影ブースを用意している。Jacobyはこうした体験が「無手機演唱会の精神と響き合う」と語り、Grigatも、Bridgers自身のやり方でこの流れを主導していることが、むしろ観客の興味を引いていると述べている。