ビリー・ジョエル、盟友ジョン・スモール氏の逝去を悼む

音楽ビデオ監督・プロデューサーのジョン・スモール(Jon Small)が逝去した。訃報はビリー・ジョエル(Billy Joel)による短いInstagram投稿で公表された。NMEの報道によると、葬儀は9月9日(水)にニューヨーク・グレートネックで行われる予定だが、死因については現時点で公表されていない。スモール氏はジョエルの10代の頃からのバンド仲間で、1960年代にニューヨークで音楽活動を共にスタートし、後にMTV時代には監督とアーティストという立場で再びタッグを組んだ。
the Hasslesからアッティラへ
スモール氏とジョエルは10代の頃にニューヨークで出会い、1960年代にはバンド「the Hassles」のメンバーとして共に活動。スモール氏はドラマーを務めた。同バンドは60年代末に2枚のアルバムをリリースした後、2人は脱退し、ハードロックのデュオ「アッティラ(Attila)」を結成。1970年に唯一のセルフタイトルアルバムを発表した。
アッティラは翌年解散した。原因は、ジョエルとスモール氏の当時の妻エリザベス・ウェバーとの恋愛関係だった。この出来事は2025年のHBOドキュメンタリー『Billy Joel: And So It Goes』で3人によって詳しく語られている。同作でスモール氏は、ある日ジョエルから「I'm in love with your wife(お前の奥さんを愛してしまった)」と告白され、最も親しい友人だっただけに大きな衝撃を受けたと振り返っている。
ジョエル自身も同作の中で「非常に、非常に大きな罪悪感を抱いていた」と語り、当時は他人の家庭を壊したような気持ちだったと述べている。ドキュメンタリーではまた、罪悪感からジョエルが家具用ニス(光沢剤)を飲んで自殺を図ったこと、そしてスモール氏が車で病院に運んだことも明かされている。この経験は後にジョエルの1971年発表のソロデビューアルバム『Cold Spring Harbor』収録曲〈Tomorrow Is Today〉の創作のきっかけとなった。ジョエルとウェバーはその後1973年に結婚し、1982年まで夫婦関係が続いた。
MTV世代を支えたミュージックビデオの立役者
スモール氏とジョエルは後に和解し、〈Uptown Girl〉〈Keeping the Faith〉〈Tell Her About It〉など数々のミュージックビデオで再びコラボレーションした。MTV時代初期の音楽ビデオ監督・プロデューサーの一人として、スモール氏はホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)、ケニー・ロジャース(Kenny Rogers)、ガース・ブルックス(Garth Brooks)、リーバ・マッキンタイア(Reba McEntire)、Run-DMC、エアロスミス(Aerosmith)らの作品も手がけ、その中にはRun-DMCとエアロスミスの〈Walk This Way〉も含まれる。
SNS上の追悼投稿では、スティング(Sting)、ミートローフ(Meat Loaf)、テイラー・スウィフト(Taylor Swift)らとの仕事や、Long Island Music and Entertainment Hall of Fameへの殿堂入りの経歴も挙げられている。スモール氏は90年代、ジョエルの映像作品『Live at Yankee Stadium』でグラミー賞にノミネートされ、キャリア後期は主にコンサート映像制作に携わった。ある友人はFacebookでの追悼文の中で、カメラの後ろでポップミュージックに与えた影響は「一人のアーティストにとどまらない」と綴っている。