マドンナ、女優業を語る「これは簡単な仕事じゃない」

英国の音楽メディアFar Out Magazineは2026年9月23日、マドンナが数十年にわたって続けてきた映画出演のキャリアを改めて検証する記事を掲載した。記事によれば、彼女の映画デビューは決して悪いものではなく、1985年の『デスパレートに生きて(原題:Desperately Seeking Susan)』は今なお1980年代を代表する作品の一つとされている。しかしその後の『上海サプライズ(Shanghai Surprise)』や『フーズ・ザット・ガール(Who's That Girl)』は評論・興行の両面で振るわなかった。記事は併せて、1994年にマドンナがQ Magazineのインタビューで語った出演動機についての発言も引用している。
『デスパレートに生きて』から金酸莓賞まで
Far Out Magazineの整理によると、マドンナは複数の映画で興行・評判の両面につまずいた後も出演をやめず、重要な役への挑戦を続けた。『プリティ・リーグ(A League of Their Own)』や『エビータ(Evita)』では一定の評価を得たが、『ボディ・エビデンス(Body of Evidence)』『ネクスト・ベスト・シング(The Next Best Thing)』『スウェプト・アウェイ(Swept Away)』は厳しく批判された。
記事は、彼女が金酸莓賞(ゴールデン・ラズベリー賞)で数多くのノミネート・受賞歴を積み重ねており、同賞の歴史上最も多く受賞したスターの一人であると伝えている。
「名声は足かせ」——マドンナ自身の説明
1994年のQ Magazineインタビューでマドンナは、出演し続ける理由について「if I want to do something, I do it(やりたいことがあれば、やる)」と述べた。映画については偉大な芸術形式だとしたうえで、ミュージックビデオを撮り、物語を書いて撮影する中で自然と「いっそ映画を撮ってしまおう」という発想に至ると語った。ただし「it's not an easy business(これは簡単な仕事じゃない)」とも付け加えている。
同インタビューの中でマドンナは、自身の演技評価が芳しくない一因を、自らの知名度そのものに求めている。彼女は、自分には大量の「荷物」がついて回り、観客がスクリーン上の彼女とメディアが作り上げたイメージを切り離して見るのは難しいと語った。
一例として彼女は『ボディ・エビデンス』を挙げ、公開時期が写真集『Sex』の発表と近かったため、多くの観客がスクリーン上の姿を役ではなく彼女自身だと受け止めてしまったと指摘。自分に課された余分の課題は、そうした先入観を超えられる役を見つけることだと述べている。
音楽的成功と演技力は別物
Far Out Magazineは記事の中で、名声という要因に加え、ポップミュージックでの成功が演技力とイコールではないことも、彼女の映画評価が音楽での実績に追いつかない理由の一つだとの見方を示している。